有田焼創業400年事業 - 佐賀県が取り組む17のプロジェクト - ARITA EPISODE2 - 400 YEARS OF PORCELAIN. NEW BEGINNING. -
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有田焼400年の歴史

文: 浜野 貴晴

2016年―有田焼創業400年、そして「ARITA EPISODE 2」へ

 1616年に日本で最初の磁器が有田の地で誕生して以来、そこに住み、営んできた人々によって、脈々と磁器の生産が続けられてきました。そして、2016年、有田焼は創業400年の節目の年を迎えました。

 400年の永きにわたる有田焼の歴史を紐解けば、それはイノベーションの陶磁器産業史でした。

 磁器の製造において、主原料となる陶石の発見から、それを採掘し、精製して陶土を生み出し、さらに安定的な生産のため、より良質な原料や配合を追求し、陶土開発が行われ続け、今に至っています。

 陶土から生地を製造する手法においても、手びねりからろくろ成形、さらに複雑な形状を生み出すため、糸切りや型打ちといった成形方法が考案されました。より量産性を高めるため、石膏型が採用され、鋳込み成形が始まると、さらに機械化を進め、圧力鋳込みやローラーマシン成形など、人力とは比較にならないほどの大量生産ができるようにもなりました。

 多くの人が有田焼を想起する時、鮮やかで緻密な絵付けをイメージしますが、その加飾方法においても、呉須と呼ばれるコバルトの青い下絵付けから、赤絵とよばれる赤、緑、黄、金といった華やかな上絵付けの手法と絵の具が開発されました。手描きのみであった時代から、線描きなどに用いられた判子、型紙刷りや銅版転写、印刷技術の向上に伴う上絵転写、さらに曲面に緻密な表現を可能にするパット印刷やスプレー吹きなど、市場の求める新しい美への欲求に応えてきました。加えて料理を盛る器として、より安全な素材を求め、無鉛絵の具の開発、それに伴う釉薬も多種多様に進化してきました。

 焼成手法においても、より安定的な生産性と創作の自由度を求め、素焼きから本焼成、さらに上絵焼成という段階的な焼成プロセスに発展。陶磁器は、「炎の芸術」と呼ばれるように火を操るため、その燃料源もマキから、石炭、重油、電気、ガスと時代により変遷しつつも、それぞれの燃料が持つ特性を活かして併用され、さらに生産性から大小様々な焼成窯も採用されました。

 陶石にはじまり、磁器としての完成形に至るまで、その製造プロセスには、様々な知識の集積と経験、技術の向上が求められ、到底一人の職人でできることではありません。であるからこそ、陶石採掘、陶土製造、型製作、生地製造、絵の具や釉薬開発、そして焼成を担当する窯元と各プロセスは分業化され、一つの製品をより高品質に仕上げるための生産体制が確立したのです。

 そうした作り手たちとともに、国内はもとより遠くヨーロッパに至るまで、有田焼の普及に尽力した商人、商社も産地内に生まれ、製販分離の構造となりました。

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有田陶磁美術館所蔵

 こうした有田焼発展の歴史に大きな役割を果たしたのは、「外部からの刺激」であったと九州陶磁文化館の鈴田由紀夫館長は語ります※1。製造においては、有田にて陶祖と祀られる朝鮮陶工であった李参平による磁器製造の創業にはじまり、長崎の出島を通じた中国や朝鮮の製造技術・材料の流入、明治維新に伴うワグネルなどの御雇外国人がもたらした西洋技術の導入があります。他方、流通においては、東インド会社によるヨーロッパからのオーダーや、江戸・大阪・京都など国内の大きな消費地からの要望など、市場の需要に基づくものづくりが求められ、それに高い品質で応えてきました。

 かつて最先端のハイテク産業であった磁器生産は、その原料を近隣に有し、一日の長である有田の地に富をもたらしましたが、国内における他産地の台頭、そしてヨーロッパの新興ブランドの追随、さらに近年のグローバル化による低コストな海外製品の国内市場への流入にともない、その優位性は衰え、平成3(1991)年をピークに売上高の減少に歯止めができずにきました。

 人々の生活も時代を経て豊かとなり、多種多様なライフスタイルに変化してきた中、時代のニーズに則した商品開発が求められますが、製販分離の構造が災いして、消費者心理、市場動向を読み取ったものづくりに遅れたことも否定できません。

 2016年を迎えるにあたり、こうした危機感と次の時代を見据え「ARITA EPISODE 2」として有田焼創業400年事業が立ち上がり、新たにオランダ王国大使館とのクリエイティブに関する連携や、国内外にてボーダレスに活躍する商品開発の専門家やデザイナーを多数招聘し、様々なアプローチからの次世代のものづくりを産地内の事業者と試みました。

 「佐賀県の支援事業とはいえ、記念式典やイベントを主に行うつもりはない。次の400年に向け、その方向性を探り、新たな一歩を踏み出す覚悟で挑む」と佐賀県有田焼創業400年事業実行委員会 志岐宣幸会長は説きました。こうして立ち上がった17のプロジェクトは、それまでの有田焼の歴史が物語ってきたように「外部からの刺激」を受け、礎となった400年のあゆみを継承しつつも、過去にとらわれず未来に向かい果敢に挑戦する姿勢を産地内に醸成しました。

 先人たちがそうであったように、国内外からもたらされる新しい技術や情報を積極的に受け入れる。デジタルデザインの活用や新しい素材や製造プロセスの研究開発などにも取り組み、常に時代の欲求に応え、先駆的な美しさや、難易度の高い技術に臆することなく挑む姿。目指す製品の質、新たなる価値を生み出すことに尽力した有田の職人のものづくりの魂を引き継ぎ、そうして生み出された価値を使い手に伝え、手元まで届ける仕組みを構築する。これからARITAの進むべき道が、今ここに始まりました。

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