1966年―高度成長期の光と影のなかで有田焼の再発見をもたらした創業350年祭
人口約2万人、周囲を山に囲まれた谷合の町、有田町。誰もが知る焼き物の町ですが、この町だけで実に15もの焼き物ミュージアムがあり、町全体がテーマパークの様相を呈していることは案外認識されていないのではないでしょうか※1。
佐賀県立九州陶磁文化館、有田町歴史民俗資料館、有田陶磁美術館、柿右衛門古陶磁参考館、今右衛門古陶磁美術館、香蘭社古陶磁陳列館、深川製磁参考館など、独自の特色あるミュージアムに出会うたび、新しい発見があります。あるいは、有田の焼き物文化の奥深さに慄きを覚える人もいるかもしれません。
歴史、芸術、産業などさまざまな角度から焼き物文化を映し出す「テーマパーク有田」の基礎をつくったのが、有田焼創業350年祭です。焼き物は文明発祥からの長い歴史をもつ実用の道具であり、今日の産業においても、鉄・プラスチックに並ぶ産業用素材でもあります。同時に、古今東西のさまざまな文化・文明を代表する芸術作品でもあります。有田に集積する焼き物ミュージアム群は、人類の文明を考えるうえで重要な示唆をもたらすものであり、有田焼創業350年は、そうした価値が発見された年なのです。
有田の焼き物ミュージアム群の総本山ともいえるのが佐賀県立九州陶磁文化館です。その建設計画は、1966年(昭和41年)の有田焼創業350年祭における、もっとも重要な事業としてスタートし、14年の歳月を費やして1980年に開館にこぎつけました※2。
350年祭では、このほかにも窯業試験場の移転改築、窯業大学校の新設など、数々の重要な事業が企図されました。また、『有田町史』の編纂、有田焼の発展を支えてきた先人の偉業をしのぶ記念碑「先人陶工の碑」の建立や、有田音頭「チロリン節」の制作など、ハードのみならず、ソフトの面でも記念事業が行われています。
『有田町史』は、有田町が8,300万円の予算を投じ、豪華執筆陣の手により11年の歳月をかけて編纂されました。通史編・政治社会編・陶業編・古窯編・陶芸編・商業編を合わせて全10巻、皿山の方言をまとめた1巻から成り、総頁数5,632頁の大作となっています。
また、「先人陶工の碑」は、有田焼を作り上げた名もなき陶工に感謝の意を込めて建立されたもので、登り窯に用いられた耐火レンガの廃材=トンバイを使い、計画から15年以上を費やして、1982年に落成しました。以来、隣接する「泉山磁石場」や「有田町歴史民俗資料館」とともに、有田の町を見守っています。
さらに、お祭り好きな有田町らしさを物語るのが、有田音頭「チロリン節」です。両手に持った小皿をカスタネットのように打ち鳴らしながら踊る「皿踊り」のご当地音頭も、350年祭で企画されたものです。当時のヒットメーカー、古賀政男(作曲)と西沢爽(作詞)が手がけ、美空ひばりが歌い、江戸歌舞伎創始の猿若流振付による踊りつきという豪華さです。翌1967年の10月に、有田工業高校の校庭で町の人々がそろいの浴衣で踊りを披露した盛大な発表会の様子が伝えられています※3。
1966年の日本は高度経済成長期「いざなぎ景気」の真っただ中にありました。総人口が初めて1億人を突破し、テレビが急速に普及、広告代理店「電通」の売り上げにおけるテレビ広告費が初めて新聞を上回った年です。ビートルズが日本武道館で公演し、日産のサニーやトヨタのカローラといった乗用車がヒット商品となり、ミニスカートが大流行、低成長の21世紀からは考えられない好景気の時代です。
しかし、この頃の有田町は社会資本の整備や災害への対応に追われ、財政難が深刻で、必ずしもバラ色の時代を謳歌していたわけではありません。高度経済成長は、伝統産業にとっては、その後長く続く「試練の時代」の始まりでもありました。
戦後、機械化により生産力が向上するものの、販売力が伴わず、多くの窯元が余剰在庫を抱えるようになります。また、若者が都市部に流出し、人材が不足する一方で、物価上昇に伴い人件費は高騰しつづけます。さらに、中小の窯元たちは、経済成長とともに多様化する消費者の好みに対応した商品の開発といった課題にも直面していました※4。
それでも、有田焼創業350年という節目の年、有田の人々は、次の50年、100年を見据えて、さまざまな事業に果敢に取り組み、今日の礎を築いています※5。高度成長の光と影のはざまで行われた記念事業は、数々の社会変動を乗り越えてきた有田という伝統産地の底力を今日に伝えているのです。
- ※1 『有田のミュージアムズ』2001年、有田の名宝展実行委員会
- ※2 『有田町史(商業編Ⅱ)』1988年、有田町
- ※3 金子いづみ「皿山遠景・III 雨情節や古賀メロディ水害の年にご当地ソング」『おんなの有田皿山さんぽ史』1998年、有田町教育委員会
- ※4 下平尾 勲『現代伝統産業の研究―最近の有田焼の経済構造分析』1978年、新評論
- ※5 尾崎葉子「50年前の有田~有田焼創業350年」『季刊皿山No.102』2014年夏、有田町歴史民俗資料館