1650年―欧州への輸出の始まり
有田で磁器の生産が始まる前後の欧州に目を向けると、1581年にオランダがイスパニア（スペイン）から独立しています。1600年、関ヶ原の戦いと同じ年、アジアを目指してオランダを出港した5隻の商船のうち、リーフデ号のみが九州豊後国（大分県）に漂着し、イギリス人のウイリアム・アダムス（三浦按針）らが徳川家康に謁見しました。
オランダ東インド会社（VOC）の設立が認可されるのがその翌年の1602年です。翌1603年、徳川家康は江戸幕府を開き、1604年には内外貿易船に通商を許可する朱印状を与えます。徳川幕府は、キリスト教の宣教師を送り込んでくるイスパニアやポルトガルよりも貿易のみを求めたオランダとの通商を好み、1609年にオランダ東インド会社に通商許可を与え、平戸にはオランダ商館が開設されます。
この、オランダ東インド会社の設立は、大航海時代以来の欧州の勢力図の変化を象徴しています。カトリックの最高権力者であるローマ法王のお墨付きを得て世界の覇権を争っていたイスパニアとポルトガルが、プロテスタントで新興勢力のイギリス・オランダに取って代わられたのです。
カトリックからプロテスタントへの勢力交代という大きな変化の最中にあった17世紀初頭は、まだ日本人の海外渡航も可能で、貿易も盛んに行われていました。しかし、海外との交易に積極的だった徳川家康が1616年に亡くなると、日本は鎖国に向かいます。1635年には日本人の海外渡航が禁じられるようになり、翌36年には平戸の混血児を国外追放。37年にカトリック信者たちによる島原の乱が起きると、39年、幕府はポルトガル人の来航を禁じ、41年にオランダ商館を平戸から長崎の出島に移します。
その後約200年間、幕府の監視と制限はありましたが、出島ではオランダと中国、朝鮮との貿易が続きます。中国の政変の影響で景徳鎮の磁器を売買できなくなった貿易商たちは次なる生産地として、日本に目を向けます。そして、このときから有田焼最大の躍進の時代が始まります。
東西陶磁貿易史の最近の研究では、VOCによる公式貿易の送り状および仕訳帳の調査を行い、1650年から1757年までに約123万個の有田焼（肥前磁器）が輸出されたことが明らかにされています。VOC関係者が日本を含むアジアの商館から帰国する際に持ち帰った品々も含めると、もっと多くの数の有田焼が輸出されたと推定されます。
中国系商人たちによる貿易を通じてアジアで販売された生活雑器の量はさらに多く、櫻庭は『バタヴィア城日誌』の分析をもとに1664年から1682年だけで約374万個が長崎からバタヴィア（現在のインドネシアの首都ジャカルタ）に到着したとしています※1。
また、イギリスとの貿易はなかったことになっていますが、イギリス東インド会社が拠点をもっていた広東や厦門、寧波などでは、中国の「唐船」が日本からイギリスへの販売を仲介しており、その数も相当数に及ぶと推定されています※2。
欧州と中国で起きた劇的な変化のなかで、有田焼は大きく生産量を伸ばし、世界中に広がっていったのです。
- ※1 櫻庭美咲『西洋宮廷美術と日本輸出磁器 : 東西貿易の文化創造』2014年、藝華書院
- ※2 Christiaan J.A. Jörg, “THE COLOURS OF OLD JAPAN” JAPANESE EXPORT PORCELAIN, KAKIEMON AND EUROPEAN IMITATION, Dragons, Tigers and Bamboo: Japanese Porcelain and Its Impact in Europe: the Macdonald Collection,2009, Douglas & Mcintyre Ltd.
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