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江戸時代から続く誇るべき佐賀の産業が基礎。「器」×「酒」×「人」=新ブランドを構築する。
17のプロジェクトが進行している有田焼創業400年事業。そのうちの一つが「酒器プロジェクト」である。国内市場における有田焼の需要の喚起・拡大を図る取組の一つとして、このところ、国内外において広く存在感を際立たせている「佐賀の酒」を生み出す蔵元とコラボし、新たな酒器ブランドを開発しようというものだ。ここでは、そのプロジェクトについてレポートする。
佐賀の酒とARITAの酒器—地元のコラボ実現に向けて
有田焼が日本のみならず、世界に通ずる焼き物として世紀を超えて名を馳せてきたことは、揺るぎない事実である。しかし国内需要が低迷し続ける中、これまでの400年を礎にARITAの新しい時代をどう切り開くか模索し、実行に移していくのがARITA EPISODE2の大きな狙いである。作り手の独断であっても「いいものは売れる」という明るく輝かしい時代の空気を経験してきた産地に染みついてしまった「概念」をガラリと変えていくのは難しいことかもしれない。しかし現代の市場は、確実に変遷し、「いいものだからといって売れるわけではない」という現実を突きつけている。そうした中、これまで先人たちから受け継いできた有田焼のものづくりの精神と技術を活かしながら、誰にとって「いいもの」であり、その良さをどのようにそのターゲットに伝えていくのかを考え、使い手を意識した提案型の酒器づくりを目指す「酒器プロジェクト」が立ち上がった。
ARITAの酒器と佐賀の酒の妙縁
酒器と酒のコラボは、焼き物どころ、酒どころである佐賀ならではの試みといえる。佐賀の酒は、日本北部で生産される日本酒の「端麗」「辛口」といわれる飲み口とはタイプを異にし、「芳醇」「旨口」といわれており、温暖な気候や風土をも連想させる、包み込むような味わいが魅力である。毎年イギリスで開催され、世界で最も影響力のある国際的な酒類のコンテストと言われるIWC(インターナショナルワインチャレンジ)において、2011年、鹿島市の蔵元である富久千代酒造の「鍋島 大吟醸」が日本酒部門の最高賞であるチャンピオン・サケを受賞して以降、佐賀の酒の注目度は加速度的に増していった。
県内での日本酒造りの歴史は古く、佐賀で最古の蔵元である窓乃梅酒造では、元禄元年(1688年)から酒造りを行っている。当時から、有田焼の酒瓶やお猪口、徳利などももちろん生産されており、磁器産業、酒造りのいずれも佐賀藩が推奨していた花形産業であった。
両者のこの奇遇な縁が、現世でもまたARITAの新しい時代を切り拓こうとしている。
8回におよんだ勉強会
本プロジェクトは、有田焼産地から広く参加窯元を募り、勉強会から企画立案、そして商品づくりから発表までをロングスパンで進行している。
勉強会は、平成26年7月から翌年1月にかけ、参加窯元に向けて、講演やグループディスカッションなど計8回開催された。講師陣は、酒造業界、陶磁の識者、ソムリエ、マーケティング、プロモーションの第一人者など多岐にわたり、プロジェクト完遂に欠かせない各分野のプロフェッショナルが選出された。
また、今年度は佐賀県酒造組合の協力の元、佐賀の酒をより深く知るために、佐賀県原産地呼称管理制度認定酒(The SAGA認定酒)の試飲会や実際に酒を造る蔵元の見学会も行われ、酒器を生み出すための準備は着々と整えられていった。従来から酒器をラインナップに持つ窯元はもちろんこと、これまで酒器を発表したことがない窯元にとっても、この勉強会、試飲会、見学会でのインプットは有意義なものになった。
いざ酒器の開発へ
8回の勉強会や試飲会、見学会を経て、酒器や酒についての見聞を広めたことを活かし、具体的な酒器開発がスタートした。しかし、「これを作りたい!」と窯元主導で形状を決めていく従来の方法ではなく、酒器を使用する対象のターゲットを絞り、その対象者が使ってみたいと思う酒器をつくっていくという新しい試みにも挑んでいる。参加窯元間での協議の末、近年日本酒の需要を牽引している30代女性、団塊Jr.世代男性、団塊世代男性の3つのターゲット層を設定。参加窯元は、自身で決めたターゲットに沿って、特定の人物を選び、どういうお酒が好きか、誰と飲むのか、どういう器で飲みたいか、どういう器が欲しいかなどのヒアリングを実施し、製作に入る前に、その人物像、シチュエーション、酒質、商品イメージ、使用した時の感情などから導き出されたコンセプトやデザインをシートに書き留めた。それらを元に試作を行い、対象者に実際に使ってもらうなどして意見を収集、試作に反映させると共に、本プロジェクトをフォローするために、各分野の専門家で構成されたサポートチームと意見交換や相談をしながら酒器開発を進行している。そのように複数の窯元から生み出される複数の商品が群をなし、有田焼の新しい酒器ブランドを構築しようとしている。
向こうに見える誰かのために
酒器を識るために酒を知る。作りたいものをつくり、それが受け入れられていた時代を懐古するばかりでは明日はない。実際に買ってもらえる商品を生み出すにはどのように動けばよいのか。曖昧な万人受けではなく、明確なターゲットを定め、そのターゲットに対してどのような満足を提供できるか。使い手の心理を読み解き、それに応える商品開発を行い、さらに商品に込められた魅力を発信することがEPISODE2の進むべき道なのではないだろうか。今回の酒器プロジェクトが次代への第一歩となることを願いたい。
本プロジェクトは、完成した新しい酒器ブランドの発表に向けて、ブックレットの制作、お披露目会の準備が控えている。